【記事の要約(ここだけでもポイントは掴めます)】
- 音響ブランドBose(ボーズ)のCMO、ジム・モリカ氏は2026年6月に自社エンタメ部門「Bose Studios」を立ち上げた。現在マーケティング活動の3分の1〜40%を占めるこの部門を、今年末か来年には60〜65%まで拡大する計画だ。つまりマーケティング予算の主役が「広告枠を買うこと」から「自社コンテンツを作ること」へ入れ替わりつつある。
- 理由は以下の3つ。①広告スキップが常態化し「テレビ的広告」の効果が崩れた ②他社のプラットフォームに乗っていたブランド資産(ファン・評判・コミュニティ)を自社に取り戻したい ③AIが「どのブランドを推薦するか」を決める時代に、権威ある自社コンテンツを持つことが可視性に直結する
- モリカ氏は「広告代理店を4〜5年使っていない。制作会社に直接発注するか、優秀なフリーランサーを入れるだけだ」と語る。これは「反・代理店」ではなく、クリエイティブにおける中間マージンの削減と、コンテンツ制作に予算を直接投じる内製化への意向を示している。
1. 音響ブランド Bose(ボーズ) が手掛ける「Bose Studios」とは
2026年6月、音響ブランドBose(ボーズ)は社内に「Bose Studios」というエンターテインメント部門を立ち上げました。音楽・映画・TV・デジタル・ライブイベントを横断するこの部門は、いわば「Boseが自社でメディアを作る」ための組織です。
CMOのジム・モリカ氏がカンヌライオンズでDigidayに語ったところによれば、現在このエンタメ部門はBoseのマーケティング活動全体の3分の1〜40%を占めており、今年末か来年には60〜65%に達する見込みだといいます。

これが意味するのは、Boseの「広告費」という概念が大きく変わりつつあるということです。従来の「広告費」とは、テレビや雑誌やデジタルメディアに枠を買い、他人のオーディエンスに自分の広告を見せるための費用でした。しかしBoseはその予算の大半を、自社が作るコンテンツに移し替えようとしています。
Bose Studiosの開始ラインナップ:映画監督スティーブン・ソダーバーグと共同開発した創造性をテーマにしたドキュメンタリーシリーズ、影響力あるアーティストを追うドキュメンタリー、音楽とコミュニティをつなぐYouTubeシリーズ(2026年秋配信開始、初回は英国のシンガーソングライター、シエナ・スパイロ)など、独自のコンテンツを幅広く展開予定だ。
2. なぜBose(ボーズ)はAI時代にエンタメ部門をつくるのか
モリカ氏の問いかけは単純ですが、答えは重い問題を指しています。
「あなたが最後に『素晴らしいテレビCM』を見たのはいつですか?」
これが修辞的な問いである理由は、答えが明白だからです。優れたテレビCMは稀になりました。そして仮に優れたCMが存在しても、それが「効く」ための条件が揃わなくなっています。

①広告スキップの常態化
視聴者は広告をスキップするためにお金を払います。YouTubeのプレミアム、Netflixの有料プランなど、「広告なし」が当たり前の選択肢になっています。つまり広告主は「見てもらえる可能性が下がり続けている媒体」に、上がり続ける費用を払い続けているわけです。
「これらすべての理由から、オーディエンスを借りることは、長期的に持続できる選択肢ではないと思えた。」——ジム・モリカ(Bose CMO、Digiday 2026年7月3日)
②他社プラットフォームで運用した「ブランド資産」は自分のものにならない
Boseは数年間、毎年「NME C-series」というミックステープ企画を続けてきました。社内チームが選んだ12バンドを紹介するコンピレーション作品です。この企画は成功し、音楽への目利き力というブランドイメージを育てました。

しかし、その資産(ファン・評判・コミュニティ)は「他社のプラットフォーム(X,Facebook など)の上」に存在していました。Boseが直接所有しているものではありませんでした。
この反省から生まれたのが「Bose Records」というレコードレーベルです。新進・過小評価されているアーティストと直接契約し、そのアーティストを取り巻く音楽カルチャーや熱狂的なファンコミュニティを、自社所有の資産として育てていきます。「広告費は使えばなくなるが、コンテンツ資産は時間とともに価値が蓄積する」という考え方の転換です。
「うまくいっているものの最良の部分を取り出して、時間とともに価値が上がり続ける資産をどう作るか、という発想だった。」——ジム・モリカ(同)
③AIが「見つけてもらう方法」を変えている
3つ目の理由が、最も今日的な理由です。モリカ氏はこう語っています。
「どれだけ多くの人がLLMを検索の手段として——あるいは『答えを得る手段』として使っているかを考えないのは、愚かなことだ。」——ジム・モリカ(同)
LLMとは、ChatGPTやGeminiのような対話型AIのことです(Large Language Modelの略。対話AIが回答を生成する際に使う技術の総称)。これらのAIが「どのブランドを推薦するか」を決める際、参照するのは権威ある情報・本物のエンゲージメントを持つコンテンツです。
有料広告を出しても、AIはそれを「信頼できる情報」とは見なしません。自社が作った、本物の読者・視聴者から評価されているコンテンツこそが、AIに引用・推薦される可能性を高めます。

つまりBoseのエンタメ企業化は、ブランディング戦略であると同時に、AI検索時代の可視性を確保するための戦略でもあります。「広告はAIに引用されないが、権威あるコンテンツは引用される」という現実への、実務的な回答です。
3. 「点描画」戦略:有名人より、熱狂的なニッチファンを束ねる
Boseのクリエイター戦略は、フォロワー数の多い有名人を追いかけません。音楽のサブジャンルごとに、熱狂的で忠実なニッチファンを持つクリエイターを選び、彼らを束ねてマスリーチを組み立てます。
モリカ氏はこれを「ポインティリズム(点描画)」と呼びます。点描画は、一点一点の色の点を無数に打つことで、離れて見ると全体の絵が浮かび上がる技法です。Boseの場合、それぞれの「点」が特定の音楽サブジャンルの熱狂的なファンコミュニティであり、それらを束ねることで大きなリーチを作るというイメージです。

なぜ有名人への大型起用ではないのか。背景には「モノカルチャー(単一文化)の崩壊」があります。かつては全国民が同じテレビ番組を見て、同じ文化的な体験を共有していました。しかし今は違います。カルチャーは無数のサブジャンルに分散し、全員に同時に届く画面も、文化的な共通体験も、もはや存在しません。特定のサブカルチャーに深くコミットするほうが、消費者の信頼を得やすい時代になっています。
4. 内製化の現在地:「広告代理店を4〜5年使っていない」
モリカ氏は端的に語っています。
「クリエイティブエージェンシーは4〜5年使っていない。制作会社に直接発注するか、優秀なフリーランサーを入れるだけだ。」——ジム・モリカ(同)
これは「反・代理店」ではない、とモリカ氏は補足しています。メディアを買い付けるメディアエージェンシーの役割は残ります。しかしクリエイティブ制作において、予算がクリエイター(制作会社・フリーランサー)に直接流れるようになった今、広告代理店の存在意義について彼はこう言います。
「賢いブランドは制作会社に直接行く。代理店は中間業者にすぎないからだ。」——ジム・モリカ(同)
現在Boseでは、グローバルメディア&パートナーシップ担当のジャック・デイリー氏の下、ニューヨークの新オフィスでソーシャルメディア人材の採用を進めており、全社でコンテンツ制作に数十人が従事しています。将来的には広告制作のほぼすべてを内製化する可能性も排除しないとモリカ氏は語っています。
INSIGHT CUBE 編集部補足:モリカ氏が「使わなくなった」のはクリエイティブエージェンシー(広告のアイデアや制作を担う会社)であり、メディアエージェンシー(どの媒体にどう出稿するかを計画・実行する会社)は引き続き使っています。内製化の対象は「自社でコンテンツを作ること」の部分です。
5. 日本企業への3つの示唆
Boseの規模・文化的文脈・音楽ブランドとしての独自性は特殊です。しかし、この転換の背景にある問いは、業種を問わず日本企業も取り入れるべき、示唆の富む内容です。

①「消える予算」と「残る資産」を分けて見る
自社のマーケティング予算のうち、今年使って来年には何も残らない支出(広告枠の購入)はどれくらいあるでしょうか。逆に、今年投資して来年以降も価値が蓄積していく支出(コンテンツ・コミュニティ・ファンとの関係)はどれくらいでしょうか。この2つを区別することから、Boseと同じ問いが始まります。
②自社が正当性を持って「深く入れる」文化はどこか
Boseは「音響ブランドが音楽を語る」ことに明らかな正当性を持っています。有名人への単発起用ではなく、特定のサブカルチャーに長期でコミットするという戦略は、その正当性があってこそ機能します。自社が「外から取り繕わず」に語れる文化・コミュニティはどこか。そこに深く・長期でコミットできるかどうかが問われています。
③オウンドコンテンツをAI時代の可視性投資として説明する
「コンテンツ制作費」は従来、短期的な問い合わせや売上に直結しにくいため、予算を取りにくい科目でした。しかし「AIに引用・推薦されるブランドになるための投資」というフレームに変えると、経営層への説明ロジックが変わります。Boseの事例は、このフレームの実例として使えます。
AIが自社ブランドをどう認識しているか、今すぐ確認する
Boseのモリカ氏が「AIに引用されるコンテンツを作ること」を戦略の軸に据えているように、AI検索時代には「自社がAIにどう認識されているか」の把握が競争力の前提になります。グラッドキューブのLLMOA(エルモア)は、ChatGPT・Gemini・AI Overviewsなど主要なAIが自社ブランドをどう認識・引用しているかを可視化し、コンテンツ・GEO施策の立案から効果検証までをワンストップで支援します。
まとめ:Boseが見せた「次の10年のマーケティング」の形

「他社のプラットフォームに依存する」モデルの限界を直視し、「自社がメディアそのものになる」とという Bose の判断 は、いわゆる「テレビ型広告の終焉」「クリエイターエコノミーの成熟」「AI検索」という3つの変化が重なっている現在において、一つの回答であるといえます。
当然、すべての企業やブランドが自社レーベルを持つべきだ、ということではありません。Boseには、音楽ブランドとしての確固たる地位と文化的権威、長期投資を許容できる経営の独立性という、大きなアセットがありました。
それを差し引いたとしても、「消える広告費と残るコンテンツ資産をどう使い分けるか」「AIに推薦されるブランドになるために何を作るか」という問いは、来期の戦略会議のアジェンダに値します。
「テイストとキュレーションの価値がかつてなく高まっている」つまり、AIが平均的なコンテンツを無限に生成できる時代に、モリカ氏のこの言葉は、「人間が作る本物のコンテンツの差別化ポイント」を端的に言い当てています。
【INSIGHT CUBE関連記事】
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【参照・引用出典】
Future of Marketing Briefing: Why Bose is building an entertainment company(Digiday / Seb Joseph・Krystal Scanlon, 2026年7月3日):https://digiday.com/marketing/future-of-marketing-briefing-why-bose-is-building-an-entertainment-company/
Bose is becoming a media company(Business Insider):https://www.businessinsider.com/bose-becoming-media-company-launching-record-label-2026-6


